banner

Vol.17 昔、好きだった人に声をかけられるか?それとも、とっさに身を隠すか?

街でばったり、〝昔好きだった人〟に出くわしたら、あなたはその時にどういう行動をとるのだろう。
想像してみてほしい。
実際に〝好きだった人〟を思い浮かべて……。

そして、とっさに身を隠してしまおうとする自分を想像した人は、聞いてほしいのだ。
そういう人もきっと、身を隠そうとする自分のイメージを意外に思うのかもしれない。
なぜそこで逃げなければいけないの?なぜ身を潜めて、会わなかったことにしようとするの?

でもそれが今の自分自身への自分の評価。
あなたの中にある〝自信〟の量をそっくり示している。

人は日頃、自分自身をどう評価しているのか、気づいていない。
気づかないふりをしていると言ってもいい。

でもたとえば〝昔好きだった人〟、あるいは、〝昔の恋人〟が不意に現れた時、いきなり〝自己評価〟したその点数が浮かびあがってきて、あなたを思いがけない行動に走らせるのだ。
たぶん〝60点以下〟だったら、やはり身を隠してしまうのだろう。

それは、古い友人とばったり出くわす〝一般的な再会〟とはやはり違う。
〝昔の恋人〟には〝変わってしまった自分〟を見せたくない。
終わり方がどんなふうであっても、相手を失望させたくないという本能が働くからだ。

もちろん10年ぶり、20年ぶり、30年ぶりかもしれない再会で、〝少しも老けていない自分〟を見せるのは不可能。
でもその年月を超え、「全然変わらないね」と言わせることはできるはず。
たとえシワがいくつか刻まれていても、印象そのものは変わらない自分を保つことは可能なのだ。

ただ〝昔の恋〟は、お互いの〝思い出〟を年数が経つほどに美化していくから、採点はより厳しくなるのだろう。
だからこそ自分に対してキラキラした思い出を持っている人の前に、「久しぶり」と言ってにこやかに出ていける自分を作っておくことは、何よりのアンチエイジングなのである。

〝月日が経つこと〟は、ただ若さを奪っていくばかりじゃない。
逆に増えていく魅力も当然あるはず。
知性や優雅さは新しい美しさを加えてくれるはず。

ましてや〝昔好きだった人〟には、今まさに充分幸せな自分の姿を見せたいというのが女心。
くすんでしまった自分は絶対に見せたくない。
できるなら、改めて相手をときめかせるくらいの自分でありたいのだ。

だからまず、心が満たされていること。
昔より幸せな顔でいるために。
表面だけ取り繕っても、〝かつての恋人〟の目はごまかせない。

その後、よい人生を送ってきたのだろうとひと目で相手に思わせるためには、やはり内側から輝くような肌も必要なのだ。
たぶんそういう輝きさえ放っていれば、その日に〝完璧な身繕い〟をしていなくても、相手に自ら「久しぶり」と声をかけられるはずなのだ。

いや、そんなことは一生起きないかもしれない。
でも、いつそういうことがあっても、逃げない自分でいるだけの準備はしておいてほしい。
齋藤 薫 [美容ジャーナリスト]

女性誌編集者を経て独立。 女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人 日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。新刊『されど“男”は愛おしい』(講談社)他、『“一生美人”力人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。

  • 限定キャンペーン
  • 最大25%OFF!!+送料無料!お得で便利なラクラク定期便
  • トライアルキット